逢って。 芸人Aの【復縁⇒結婚】ピタリ的中! 噂の琉球ユタはる◆最後の真実

鈴木BOB康昭 公式ブログ

逢って

まず、出演しているギークが豪華。 Larry Wall氏から近藤淳也氏まで、"イマ"を駆けるギークたちが勢揃いしています。 個人的に、Matz氏との対談がなかったのが残念でしたが、やはりこのラインナップは文句の言いようがありません。 中身も非常に濃いものとなっていますが、対談ということで"DanKogaiその人"を見たい方にとっては少々物足りない感じがするはず。 本書では、彼は彼らしさを殆どと言っていいほど出していません。 メインはインタビュイーなので。 かと言って、現代のIT事情を勉強するにも専門的すぎて不向きであり、私のような「なんちゃって高校生プログラマ」のような人間にはGoogleがない限りちんぷんかんぷんです。 しかし、じっくり読めば彼をはじめとするイマのギーク達が何を考え、何をしようとしているのかが自ずとわかってくる一冊。 DanKogaiファンにとっては、特に必須とは言えないけど、将来役に立つことは間違いないので買って損はないでしょう。 Web系最先端プログラマー(アルファギーク)へのインタビューがまとめられた本です。 Rubyの作者が登場しないのは片手落ちのような気がしますが。 本書を読んだところ、アルファギークには二種類あって、 1. 基礎的なフリーソフトウェア(Perl, Rubyなど)を開発した人 2. それを使って金儲けをする人 本書に登場する海外の開発者は1が多く、登場する日本人は2が多いのです。 Rubyの作者のように日本人にも優秀な人はいますが、日本人に1のタイプが少ないのは悲しい気がしました。 本書はWeb系の知識があることが前提になっていますので、組込み系の私にはやや難しく感じました。 登場人物の業績をもう少し分かりやすく説明していただけたら非Web系の人にも読みやすくなると思います。 「アルファギーク」というのは、「優秀なコンピュータ技術の中でも、先駆者となる人」「最先端のプログラマー」のこと。 自身も「アルファギーク」を自認する小飼弾氏が、ウェブの世界で先駆的プログラマとして有名な人々をインタビューしたのが本書だ。 話題が話題だけに、IT業界の人間にしか読まれなさそうな本なのに、それなりの売り上げがあるようだ。 小飼弾氏は『404 Blog Not Found』というブログを書いている「アルファブロガー」なので、多くの小飼ファンが買い求めているに違いない。 (小飼氏自身も自分で内容紹介のエントリを書いている) しかし、本書の内容は徹底的に尖ったエンジニアを相手に書かれており、業界外の人には何が何だか分からない話だろうし、ページ下の注記を読んでますます混乱するかもしれない。 僕自身はどうかというと、少しは分かった気がする、という読者レベル。 受託開発ソフトをとりまとめるSEだったので、あまり最先端の話題に着いていく必要がなかった。 枯れた技術を中心にしてソフトウェア作成を行い、少しだけ先進的な取り組みができればうれしい、という立場だった。 本書に出てくるような、産業を変化させる力を持つかもしれないエンジニアというのは、遠いあこがれの世界に住む人だ。 そんなギークたちと対等に対話し、時に逆インタビューされる小飼氏は、ものすごくカッコ良く見える。 株式会社はてなの近藤社長夫妻と小飼夫妻の夫婦対談や、「きたみりゅうじの小飼弾に逢ってきた」で小飼氏の日常生活や経歴を知ったが、やはり常人ばなれしていた。 普通の人に真似できない人だし、よい子が真似をしてはいけない人。 それが分かったのが本書の一番の収穫かな。

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高田賢三さん「初めて逢ったときのインパクト」

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TBSラジオで日曜17時から放送中の『コシノジュンコ MASACA』 コシノジュンコが今、気になる人をお招きしお話を伺います。 2015年7月26日(日)、8月2日(日)は、高田賢三さんをお招きしました。 初めて逢ったときのインパクト ゲスト:高田賢三さん part1 JK:いらっしゃいませ。 高田:こんにちは。 JK:大体あたしがここに座っていること自体、不思議でしょ。 古いのよ。 物凄く古すぎて、上手くお話できるかドキドキしちゃう。 高田:そう言われると、本当に長いですね。 知り合ってから。 計算してきたんだよ。 57、8年・・・ JK:計算なんかしなくていいのよ。 最初に出逢った同級生で、ずーっといままで付き合っているということは、こんな奇跡的なことは無いと思う。 でもね、若いよね。 それは嬉しい。 高田:ジュンコもね。 JK:良かったね、ラジオで。 出水:お互いの呼び方が JK:そうね、ケンゾー、ケンちゃんとか、おさななじみっていう感じかな。 同業者なんて思ったことない。 高田:若い時はね、ライバル意識あった。 友達だけどね。 それはあったよね。 JK:こっそりあった。 物凄い仲いいのよ。 でも装苑賞とか、コンテストに出す時は、こっそり早く帰って、ぶわーって絵を描くワケ。 いつの間にやらいなくなって。 高田:ライバル意識とか、友達なのに、そういうのあるでしょ。 そういうの役に発ちましたよ。 JK:それは今でも同じ。 高田:今でもあるの? JK:今は若さとして、いかに維持するか。 かっこいいって言うのは大切なのよ。 会って「ケンちゃんちょっと」、っていうのではなく、「やっぱりかっこいいじゃないの」って、お互いに褒め合うわけじゃないけど。 高田:そうだね、ジュンコのこのエネルギッシュなのいただけるの、嬉しいよ。 JK:楽しい話、山ほどあってね。 そういうのばっかり覚えているのよ。 覚えてる?マルイでおそろいのステレオ買ったの月賦でね。 で、ケンちゃんの家に行ったらね、音楽かけようよって言ったらね、音楽が聴こえないのね。 スピーカーだけ質に入れたっていうの、払えないから。 高田:若いころ、学生の頃、質屋へよく行きましたよ。 親父の着物、流したりね(笑)よく覚えてるね。 JK:いやあ、あれは忘れない。 出水::ケンゾーさんはジュンコ先生のエピソードで何かありますか? 高田:ジュンコのいちばん最初の印象って、僕がデザイン科に入ったときに、ジュンコも入ってきたんですよ。 いろんな人観ているけど、キレイな人とか面白い人観ているけど、ジュンコの持っているパワーって凄いじゃないですか。 独特のスタイルがあって、色々な面でショックでしたよ。 こんな人がいる、って。 絵もみせておらったら絵も凄いし、着ている服もずば抜けて面白いし。 こういう所に何で入って来たのかな、道を間違えたと、そういうショックあったよね。 JK:何を、そんな顔していなかった。 高田:しょっちゅう言ってるじゃない。 JK:あのね、お尻が自慢だったの。 出水:お尻? JK:パンツのシルエットって、おしりがピッと、そのモデルになったことがあるの。 高田:ジュンコが? JK:いやぁ! 高田:僕のこと? JK:それはねえ、ほんと。 出水:当時、男性が服飾の学校に行くというのは・・・ 高田:初めてのこと。 JK:何人もいないんですよ。 それで私たち4人組で、仲良くてね。 明けても暮れても、お勉強もしたよ、でも遊ぶことの方が中心かな。 高田:ジュンコ、授業来なかったでしょ。 JK:忙しかったの。 いろいろと忙しかったの。 高田:クラスで会うのは毎日じゃなかったよね。 JK:ちゃんと言ってたから!でも日数が足りなくてね。 貰えなかったの。 出水:卒業証書? JK:そんなの欲しくて行ってるんじゃないわって。 67、8年だったかな、もうジュンコはコレットやっていたでしょ、それで松田君がパリから帰って来て、ニコルとか始めたでしょ。 あのときは羨ましかったですよ。 あのころはジュンコはヒッピーの女王さんだったじゃん。 JK:違う違う、サイケ、サイケ。 ヒッピーになる練習したんだけど、ダメだったの。 出水:練習なさってたんですか!? JK:ケンゾーさんの家でね。 みんなでヒッピーになる練習しようって。 出水:たのしそうな会ですね! 高田:宇野亜喜良さんとかね、 JK:安井かずみさんとか。 高田:それでたまたま、Galerie Vivienne っていうところの、貸してくれる人が現れて。 JK:マダムに会ったのよね。 高田:(お店の)賃料と言っても、アパートの家賃と変わらないくらいなんですよ。 じゃあできるかなって。 JK:そのショウが突然ウケてね。 高田:そう、それで12月のクリスマスでしょ。 それで日本に帰って来て、友達にお金を借りて、当時で500万円。 お袋とかみんなに借りて、4月にお店をオープンしたんだけど、そのとき仕事やっていたでしょ、夜、仕事終わってからね、そのお店の壁に絵を描いて、それで3か月かかったんだけど4月にオープンして、そこでショーをやったんですよ。 それをELLEが撮ってくれたんですよ JK:だから、普通はオートクチュールで、きちっとしたメゾンで、きちっとしたモデルで、じゃなくて、突然やりだすみたいな、それも居なかったですからね。 出水:へー・・・ 高田:でも、本当に皆さんのおかげで、やりました。 東京の文化(服装学院)の友達の、本当にそうですよ。 そういう気になっていなかったら、お店もやっていないと思う。 JK:長く仕事を、、、仕事っていうか、楽しく生きていることって、最高だと思うの。 私ケンちゃんから楽しい思いも山ほどしているし。 高田:結構遊んだね。 一番最初にパリに行って、2年ぶりに日本に帰ってきたですよ。 お正月。 もうディスコにハマっているから。 まだ横浜にしかなかったんだよ。 そのあと1年経ったらMUGENが出来たんだよ。 Byblosってね、サン-トロペにByblos Clubっていうのがあってね。 そのByblos Clubなんですよ。 あっという間に日本にできたのね。 あれで東京変わったの。 出水:そこに行くのは、最先端のファッションというか、御洒落をして・・・ JK:まずはそこよ!それからサン-ジェルマンにCastelっていうのがあって。 高田:一番最初にパリに来た時、連れていったよ。 JK:そこは会員じゃないとダメなのよ。 いつもいたじゃない「悲しみよこんにちは」の・・・・ 高田:サガン? JK:サガンがいつもご飯食べてたわね。

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芸人Aの【復縁⇒結婚】ピタリ的中! 噂の琉球ユタはる◆最後の真実

逢って

TBSラジオで日曜17時から放送中の『コシノジュンコ MASACA』 コシノジュンコが今、気になる人をお招きしお話を伺います。 2015年7月26日(日)、8月2日(日)は、高田賢三さんをお招きしました。 初めて逢ったときのインパクト ゲスト:高田賢三さん part1 JK:いらっしゃいませ。 高田:こんにちは。 JK:大体あたしがここに座っていること自体、不思議でしょ。 古いのよ。 物凄く古すぎて、上手くお話できるかドキドキしちゃう。 高田:そう言われると、本当に長いですね。 知り合ってから。 計算してきたんだよ。 57、8年・・・ JK:計算なんかしなくていいのよ。 最初に出逢った同級生で、ずーっといままで付き合っているということは、こんな奇跡的なことは無いと思う。 でもね、若いよね。 それは嬉しい。 高田:ジュンコもね。 JK:良かったね、ラジオで。 出水:お互いの呼び方が JK:そうね、ケンゾー、ケンちゃんとか、おさななじみっていう感じかな。 同業者なんて思ったことない。 高田:若い時はね、ライバル意識あった。 友達だけどね。 それはあったよね。 JK:こっそりあった。 物凄い仲いいのよ。 でも装苑賞とか、コンテストに出す時は、こっそり早く帰って、ぶわーって絵を描くワケ。 いつの間にやらいなくなって。 高田:ライバル意識とか、友達なのに、そういうのあるでしょ。 そういうの役に発ちましたよ。 JK:それは今でも同じ。 高田:今でもあるの? JK:今は若さとして、いかに維持するか。 かっこいいって言うのは大切なのよ。 会って「ケンちゃんちょっと」、っていうのではなく、「やっぱりかっこいいじゃないの」って、お互いに褒め合うわけじゃないけど。 高田:そうだね、ジュンコのこのエネルギッシュなのいただけるの、嬉しいよ。 JK:楽しい話、山ほどあってね。 そういうのばっかり覚えているのよ。 覚えてる?マルイでおそろいのステレオ買ったの月賦でね。 で、ケンちゃんの家に行ったらね、音楽かけようよって言ったらね、音楽が聴こえないのね。 スピーカーだけ質に入れたっていうの、払えないから。 高田:若いころ、学生の頃、質屋へよく行きましたよ。 親父の着物、流したりね(笑)よく覚えてるね。 JK:いやあ、あれは忘れない。 出水::ケンゾーさんはジュンコ先生のエピソードで何かありますか? 高田:ジュンコのいちばん最初の印象って、僕がデザイン科に入ったときに、ジュンコも入ってきたんですよ。 いろんな人観ているけど、キレイな人とか面白い人観ているけど、ジュンコの持っているパワーって凄いじゃないですか。 独特のスタイルがあって、色々な面でショックでしたよ。 こんな人がいる、って。 絵もみせておらったら絵も凄いし、着ている服もずば抜けて面白いし。 こういう所に何で入って来たのかな、道を間違えたと、そういうショックあったよね。 JK:何を、そんな顔していなかった。 高田:しょっちゅう言ってるじゃない。 JK:あのね、お尻が自慢だったの。 出水:お尻? JK:パンツのシルエットって、おしりがピッと、そのモデルになったことがあるの。 高田:ジュンコが? JK:いやぁ! 高田:僕のこと? JK:それはねえ、ほんと。 出水:当時、男性が服飾の学校に行くというのは・・・ 高田:初めてのこと。 JK:何人もいないんですよ。 それで私たち4人組で、仲良くてね。 明けても暮れても、お勉強もしたよ、でも遊ぶことの方が中心かな。 高田:ジュンコ、授業来なかったでしょ。 JK:忙しかったの。 いろいろと忙しかったの。 高田:クラスで会うのは毎日じゃなかったよね。 JK:ちゃんと言ってたから!でも日数が足りなくてね。 貰えなかったの。 出水:卒業証書? JK:そんなの欲しくて行ってるんじゃないわって。 67、8年だったかな、もうジュンコはコレットやっていたでしょ、それで松田君がパリから帰って来て、ニコルとか始めたでしょ。 あのときは羨ましかったですよ。 あのころはジュンコはヒッピーの女王さんだったじゃん。 JK:違う違う、サイケ、サイケ。 ヒッピーになる練習したんだけど、ダメだったの。 出水:練習なさってたんですか!? JK:ケンゾーさんの家でね。 みんなでヒッピーになる練習しようって。 出水:たのしそうな会ですね! 高田:宇野亜喜良さんとかね、 JK:安井かずみさんとか。 高田:それでたまたま、Galerie Vivienne っていうところの、貸してくれる人が現れて。 JK:マダムに会ったのよね。 高田:(お店の)賃料と言っても、アパートの家賃と変わらないくらいなんですよ。 じゃあできるかなって。 JK:そのショウが突然ウケてね。 高田:そう、それで12月のクリスマスでしょ。 それで日本に帰って来て、友達にお金を借りて、当時で500万円。 お袋とかみんなに借りて、4月にお店をオープンしたんだけど、そのとき仕事やっていたでしょ、夜、仕事終わってからね、そのお店の壁に絵を描いて、それで3か月かかったんだけど4月にオープンして、そこでショーをやったんですよ。 それをELLEが撮ってくれたんですよ JK:だから、普通はオートクチュールで、きちっとしたメゾンで、きちっとしたモデルで、じゃなくて、突然やりだすみたいな、それも居なかったですからね。 出水:へー・・・ 高田:でも、本当に皆さんのおかげで、やりました。 東京の文化(服装学院)の友達の、本当にそうですよ。 そういう気になっていなかったら、お店もやっていないと思う。 JK:長く仕事を、、、仕事っていうか、楽しく生きていることって、最高だと思うの。 私ケンちゃんから楽しい思いも山ほどしているし。 高田:結構遊んだね。 一番最初にパリに行って、2年ぶりに日本に帰ってきたですよ。 お正月。 もうディスコにハマっているから。 まだ横浜にしかなかったんだよ。 そのあと1年経ったらMUGENが出来たんだよ。 Byblosってね、サン-トロペにByblos Clubっていうのがあってね。 そのByblos Clubなんですよ。 あっという間に日本にできたのね。 あれで東京変わったの。 出水:そこに行くのは、最先端のファッションというか、御洒落をして・・・ JK:まずはそこよ!それからサン-ジェルマンにCastelっていうのがあって。 高田:一番最初にパリに来た時、連れていったよ。 JK:そこは会員じゃないとダメなのよ。 いつもいたじゃない「悲しみよこんにちは」の・・・・ 高田:サガン? JK:サガンがいつもご飯食べてたわね。

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